未来の価値

河口湖のコンベンションセンター。
そこは現在テロリストに占拠されていた。
日本解放戦線・・・旧日本帝国軍の残党が立てこもっているのだ。
すぐにブリタニア軍が動き河口湖を包囲したが、それ以上行動を起こすことが出来なかった。理由は簡単だ。人質の中に、副総督であるユーフェミアがいるのだ。
正確にはまだ副総督に就任していないため、お披露目がされていなかったことが幸いし、犯人たちにユーフェミアの事は気づかれていなかった。
だが、いつ気付かれるか解らない。
司令官室にいたクロヴィスは椅子の肘掛に拳を叩きつけた。

「民間人を盾にするとは卑怯な！！」

クロヴィスの激昂に、G1ベース内はしんと静まり返った。
今までであれば、民間人などどうでもいい、ユーフェミアだけ救い出せと言っただろうが、ルルーシュと共にこのエリア11の政務をこなすうちに、自国の民に対する考え方を改めはじめていた。
下民はいくらでも変えの利くの駒ではなく、守るべき民なのだ。
だから、見捨てることは出来ない。
もし見捨てたら、ルルーシュは自分を軽蔑するだろう。
ユーフェミアと国民、どちらも救い出す手は無いのか。
もしユーフェミアが皇族だと知られれば、ブリタニアとの交渉はユーフェミア一人で事足りるため、民間人は人質としての価値が無くなる。
つまり、全員殺されるだろう。
なにか、何か無いのか。
だが、いくら考えても妙案は浮かばなかった。
ルルーシュがここにいれば、何かいい策を授けてくれるのだろうが、運悪く今日は朝から東北へ視察に行っていた。既に連絡は付き、急ぎ戻ると言っていたが、犯人がユーフェミアに気づく前に戻ってこられるかは解らない。地下からKMFを突入させたが、テロリストが用意していた砲台の餌食となってしまった。
打つ手がないまま時間だけが過ぎていく。
焦れていたのは解放戦線も同じで、とうとうテロリストは最悪の行動に出た。

｢我々の要求に対して、何らかの返答がされない限り、３０分ごとに一人ずつ飛んでもらう。人質のためにも誠意ある対応を期待する｣

自分たちの要求を呑まれなければ、人質を順番に殺害する。
その宣言に、クロヴィスは再び肘掛を殴り付けた。

「何て卑怯なっ！！」

激昂したクロヴィスは椅子から立ち上ると、オペレーションテーブルへ向かった。
参謀たちが作戦を練っているが、自分にも妙案が浮かぶ可能性がある。
その時、イライラとした足取りで向かうクロヴィスを制する声が上がった。

「冷静さを欠けば相手の思うつぼですよ、クロヴィス兄さん」

ピリピリとしたこの場には似つかわしくないほど、穏やかで冷静な声が聞こえ振り返ると、そこには黒い皇族服を纏ったルルーシュがいた。

「ルルーシュ！よくぞ戻ってくれた！！」
「遅くなりました。状況を説明してください」

ルルーシュは焦ることなく、優美な足取りでオペレーションテーブルへ向かった。
ユーフェミアが人質になっている事、そしてテロリストの人質殺害宣言を知っているはずなのに、ルルーシュは焦りも怒りも恐怖も一切感じさせずに、淡々と状況説明を聞き続けた。冷静なルルーシュの様子を目にし、クロヴィスは思わず息を吐き、背もたれに体を預けるようにぐったりと座った。解決したわけではないのだが、この状況下でも動じないルルーシュを見ていると、混乱していた思考が冷静さを取り戻し始め、それと同時に一気に疲労が体を襲ったのだ。

「殿下！モニターを！」

オペレーターの慌てた声に、全員の視線が正面モニターに映る。
そこには、人質の男性を高所から突き落とすテロリストの姿。
30分に一人。
それを実行したのだ。
人質の男性が、地面に落ちる。
あの高さだ。間違いなく即死だろう。
小さな悲鳴が、指令室内に響いた。

「野蛮な連中だ。弱者の命を盾にして叶えた願いに価値などない」

ルルーシュはすっとその瞳を細め、僅かに怒りを込めた声で言った。
日本人が彼らの行動を見て、誇らしいと思うだろうか。
ブリタニア人を殺せと思うだろうか。
少なくても自分が知る日本人は、そんな事を考えない。
これは武力で日本を制圧し、今も日本人を虐げているブリタニアと同じ考え方。
自分が知る彼らならこういうだろう。
日本の恥だと。

「殿下、不審な車両が警戒区域に侵入しました」
「不審な車両とはなんだ？映せ」

クロヴィスの命令に従い、モニターが切り替わった。
そこには、テレビ局の車両らしきものが映し出された。
そしてその屋根の上には漆黒の外套を纏った人物が立っていた。
その顔にはフルフェイスの漆黒の仮面。
アレは誰だと、指令室内がざわめいた。

「あれは、ゼロか？」
「ゼロ？」

ルルーシュの言葉に、クロヴィスが反応した。

「ええ。最近このエリア11内で勢力を伸ばしているテロ組織、黒の騎士団のトップに立っている人物です。黒衣に黒の仮面。特徴は一致します」
「黒の騎士団・・・聞いた事がある。最近頭角を現しているグループだったか・・・解放戦線と合流するつもりか？」
「それはどうでしょう。私の知る限り黒の騎士団は犯罪、特にリフレインと呼ばれる麻薬の摘発のため動いている節があります。解放戦線の行動とは相いれないはず」
「ではなぜここに？」
「それは直接聞いてみたほうが早いでしょう。内容によっては、利用できるかもしれません」

ジェレミア引きいるKMF部隊が、悠然と進む車両の前に進み出た。

「黒の騎士団のゼロとお見受けする。黒の騎士団は日本解放戦線の下部組織だったのか？それとも、これから共闘でもするつもりか？どちらにせよ、テロリストを自由にしておくわけにはいかない。今、ここで拘束させていただこう」

ルルーシュの感情の解らない冷静な声が、ジェレミアの騎乗するサザーランドのマイクを通し辺りに響き渡り、それに従う様に、ジェレミアはKMFの銃をゼロへと向けた。
それを、ゼロは手をあげることで制する。

『どちらを選ぶ。テロリストである私の捕縛か、ユーフェミアか』

ゼロの声は、鮮明に指令室内へ響いた。
機械を通した不可思議な声だというのに、何処か威厳に満ちていた。

「・・・ほう？」

ルルーシュは面白い物を見つけたとでもいう様に、楽しげに目を細め口元に弧を描き、クロヴィスは驚きの表情でモニターを見つめた。

「まさか、このゼロという男、ユーフェミアがいる事を・・・」
「気づいていますね。だからこそ来たのでしょう」

動揺するクロヴィスとは対照的に、ルルーシュはどこか楽しげだった。
副総督としてエリア11に来たユーフェミアだが、ルルーシュとは違いお披露目自体はまだされていない。表に出すにはまだ不安があると、政務に関する勉強という名目で政庁内で雑務をこなしていた。名前も、その容姿も、一般には公開されていないうえに、彼女は変装もしているのに、ゼロは断言したのだ。

『ユーフェミアを救い出そう私が』

軍はこの状況を打開するため頭を悩ませているというのに、この仮面の男は自分ならできると、言い切った。

「ゼロ、言っている意味が解らないのだが？」

いや、ルルーシュには解っているのだ。
だが、ゼロ本人に言わせたいのだと、ここにいる者は皆理解した。
この絶望的な状況を、このテロリストは覆せるとでもいうのか。
あり得ないと皆が思っていた時、仮面の男は断言した。

『救って見せる、私なら！』

面白い。
ルルーシュの小さなつぶやきは、クロヴィスの耳にだけ届いていた。